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「戦後80年非核平和事業」の様子

ページID:0128635掲載日:2025年8月29日更新印刷ページ表示

玖島の里を歩こう!「作家 大田洋子ゆかりの地めぐり」

8月12日 参加者7名 事業の様子はこちら

 

巡回展示「大田洋子資料展」in玖島市民センター

8月12日~8月16日

展示1展示2

展示3展示4

朗読劇・座談会「夕凪の街と人と 2025 ~大田洋子の作品より~」

8月9日 参加者約180名

戦後80年非核平和事業の一環として、さいき文化ホール運営協議会主催、文化協会佐伯支部・佐伯地域各市民センター共催などで平和事業を開催しました。

今回の朗読劇と座談会は、廿日市市玖島に避難し、原爆文学を代表する小説「屍の街」を執筆した作家大田洋子さんの顕彰と平和の大切さを次世代に伝えていくことを願ったものです。

当日、会場内には若い世代の方もたくさんいらっしゃいました。あの日から今、そして未来へと平和をつなぐ大切な時間となりました。

8月9日朗読劇2

参加者の感想(アンケートから)

・玖島に生まれて20代で玖島を離れたので、大田洋子さんのことを知らなかったです。本を買って読みます。若い高校生の上演に感動しました。

・玖島に住んでいながら、大田洋子さんのことはお墓があることぐらいしか知りませんでした。手を合わせたいと思いました。若い人達に平和を守っていってもらいたいです。

・大田洋子さんは、多くの規制を受け、それでも惨状を描き続けた貴重な方であったと思います。被爆した方の生の声が聞けなくなっていく昨今、演劇などで「考えさせる機会」を設けてくださるのは大変ありがたいことだと思いました。

・座談会と朗読劇を行き交うことで背景と作家大田洋子の思い、心情がより深く伝わってきました。「屍の街」、ゆっくり読んでみたいと思います。

・出演された方が、それぞれ「大田洋子」に向き合い、「原爆」に向き合って、それぞれの想いの中で演じられているのだということが感じられた。自分自身も被爆二世であるけれど、もう一度向き合ってみたいと思いました。

大田洋子さんの概要

原爆文学の領域を拓いた小説家。9歳の時に佐伯郡玖島村に移り住み、母親とともに15歳まで生活する。広島で原爆後、玖島に避難して代表作「屍の街」を松本商店(現在の夢工房)において執筆する。他の作品として「人間襤褸」「半人間」「夕凪の街と人と」などがある。