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玖島の歴史講座の様子

ページID:0139534掲載日:2026年6月18日更新印刷ページ表示

「室町・戦国時代の玖島」

 

令和8年6月17日 参加者85名

 

県立広島大学名誉教授 秋山伸隆先生による歴史講座を開催しました。

この講座では、戦国時代、厳島社領の佐西郡玖島郷(現在の廿日市市玖島)の刀祢(とね)であった小田家に伝えられた古文書「小田文書」を読み解きながら、玖島の歴史に関して教えてもらいました。

戦国時代、玖島・友和・津田・虫所山・飯山・栗栖・浅原・白砂の山間部は「山里」と総称されていました。「小田文書」に残された記録から、玖島地区は山里の中でも特別な位置づけや役割を持っていたことが伺えました。

玖島地区外からの参加者も多く、講座終了後には近隣にある佐伯歴史民俗資料館にも足を運ばれるなど、講座を通して玖島地区へ関心を持たれた方も多いようでした。

歴史1歴史2

歴史3歴史4

歴史5歴史6

参加者の感想・興味深かった内容

・玖島で馬が育てられ、交通の要の場所であったというのを知れてよかった(玖島地区)

・折敷畑山合戦の説明看板を読んで、玖島まで毛利軍が進軍してとあり、戦国時代の状況がどのようだったかと思っていましたが、今日の講座で分かりました(玖島地区)

・玖島が中心的な立ち位置にあったと思われることが興味深かった(玖島地区)

・玖島の戦国時代の様子が少し分かったような気がしました。厳島との関係も濃く知ることが出来て良かったです(友和地区)

・楢原城があったことを初めて知りました(友和地区)

・山里のこと、刀祢のこと、知らないことを知りました。内容もすべてとても面白く学べました(地御前地区)

・玖島が山里の中でも、人口も家畜も一番多い村であり、交通の要所であり、重視される地域であったことが知れた(宮園地区)

・室町から戦国時代にかけての玖島の役割がよく分かりました。陶氏と毛利氏との戦いのかけひきや地政学との関係がよく分かりました(前空地区)