ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 担当部署でさがす > 文化財課 > 冠遺跡群-わが国最古の狩人たち-

本文

冠遺跡群-わが国最古の狩人たち-

ページID:0143357掲載日:2026年8月31日更新印刷ページ表示

 これまで、私たちの直接の祖先にあたる現生人類(ホモ・サピエンス)が日本列島にやって来たのは、4万年前頃の後期旧石器時代初頭と推定されていました。
 しかし、近年の発掘調査で、廿日市市の北部、吉和地域の冠高原から新たな石器が数多く発見され、私たちの歴史が4万年以前の中期旧石器時代にまでさかのぼる可能性が高まっています。

1 冠遺跡群の概要

はじめに

 廿日市市は、広島県の西部に位置し、北は山県郡安芸太田町および島根県益田市、東は広島市佐伯区、西は大竹市および山口県岩国市に接し、南は瀬戸内海に面しています。冠遺跡群が存在する吉和は、市域の北部を占めており、広域合併で廿日市市の一部となった平成15(2003)年3月までは、佐伯郡吉和村でした。

冠遺跡群の位置図冠遺跡群の位置(廿日市市)

遺跡の発見

 吉和の西南端には標高1,339mの冠山がそびえ、その南側の山麓に冠高原(標高800m前後)は広がります。一帯は西中国山地国定公園に指定されていますが、ここに旧石器時代の遺跡があることが分かったのは昭和45(1970)年12月でした。発見当時の様子は、潮見浩氏(元広島大学文学部考古学研究室教授)が次のように回想しています。少し長くなりますがその一部を抜粋します。

 「(前略)17日、冠高原に出かけたわけであるが、県天然記念物レンゲツツジ群落指定区域の問題があってまずこの地域を訪れた。ところがツツジ群落の道路を挟んだ東側の丘陵部が、ごく最近牧草地造成のためにブルドーザーが入ったらしく、大幅に斜面が掘りかえされ、安山岩の剥片類が散乱していた。筆者は、道路沿いのごく近いところから長さ20センチにも達する幅広の美事な(大形の槍先形)尖頭器を見つけた。皆に集まってもらい、この尖頭器をおもむろに取り上げた。これが冠高原における先土器時代(旧石器時代)の確実な石器の第1号である。(中略)これに勢いづいて付近を探したところ、たちまち10数点の尖頭器が見つかり、さらに盆地状の低地とその周辺の丘陵地で、10数か所の遺物散布地を確認した。この日1日で平箱数杯分の石器・剥片類を採集し、主なものはその夜のうちに水洗いした(後略)。」(カッコ内、廿日市市註)とあります。(潮見浩「冠遺跡群発見のいきさつ」『広島大学文学部帝釈峡遺跡群発掘調査室年報8』1985年)

これまでの発掘調査位置

はじめての発掘調査

 この大形槍先形尖頭器の発見は、中国縦貫自動車道(中国道)の建設に伴う分布踏査でしたが、広島・山口県境にトンネル(冠トンネル、全長約2,100m)が掘られることとなり、その掘削で出た土砂の捨て場が高原内に設けられることになりました。
 そこで昭和54(1979)年、この進入路と土砂の捨て場予定地約4万平方メートルの中に幅2×長5mの試掘調査溝(トレンチ)を69本入れたところ、石器の集中する場所が3か所確認されました(A~C地点)。またNo.12トレンチでは尖頭器などが発見されたため、トレンチの中を丁寧に掘り下げたところ、約400点の石器が出土しました。これが冠遺跡群での最初の発掘調査となったのです。
 翌年には、A~C地点の発掘調査が行われました。なかでもB地点は約710平方メートルが調査され、石器のまとまり(ブロック)が3か所検出されました。多量のナイフ形石器や大形の角錐状石器を主体として、1,760点の石器が出土しています。
 A地点は約340平方メートルが調査されましたが、遺跡全体が完全に掘られなかったため、資料的には大きな問題が残りました。石器は3,781点が出土しています。またC地点は調査面が約1200平方メートルと広いのですが、残念なことに他の2地点と比べて堆積土があまりにも薄く、複数の時期の石器群(ブロック)が混在した状態で広がっていました。数万点に及ぶ石器が出土していますが、これまでほとんど手が付けられていないため、詳しいことは不明です。(広島県教育委員会『中国縦貫自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告(4)』1983年)

試掘調査の状況No.12トレンチの調査状況

B地点の調査状況C地点の調査状況

姶良丹沢火山灰の検出

 続く昭和63(1987)年には国道の拡幅工事に伴い、山口県との県境に接した松の木峠付近で発掘調査(約450平方メートル)が行われました(D地点第1次調査)。
 この調査では、姶良丹沢火山灰の堆積層(AT層)が肉眼で確認されました。またこの火山灰層を挟み、上層から1,701点、下層からは422点の石器が出土し、なかでも下層では台形様石器と呼ばれる後期旧石器時代前半期の石器がまとまって見つかりました。(広島県埋蔵文化財調査センター『冠遺跡群-D地点の調査-』1989年)
 D地点の第二次調査は、学術調査として平成2(1990)年に広島大学考古学研究室が行い、第一次調査では出土しなかった槍先形尖頭器のグループが最上層で確認されました。石器は最上層から1,075点、上層から435点、下層から513点が出土しています。(藤野次史「広島県冠遺跡D地点第2次調査の概要に関して」『広島大学文学部内海文化研究紀要』21、1992年)

D地点の石器出土状況D地点現地見学会の様子

遺跡の範囲と内容の確認調査

 こうした発掘調査によって、冠遺跡群は安山岩を素材とした、西日本はもとより、国内有数の石材原産地遺跡として知られるようになりました。このため、広島県教育委員会はこの遺跡群の範囲と内容を把握し、保存活用を図ることを目的として、平成3(1991)年~平成12(2000)年まで現地調査を行いました。
 その結果、E地点(標高834.16mの三角点が打設されている「万草カ原」、以前は「スキー場丘陵頂上部」と呼ばれていました)では、100キログラムを超える巨大な石核(50数点の石器が接合)が、姶良丹沢火山灰の振灰層準の下から出土しました。この石核は、旧石器時代前半期に原石の状態で下位の粘土層から掘り出されたようで、現在でもわが国最大の石核の一つと考えられ、採掘当時の重さは200キログラムを超えていたと推測されます。(広島県教育委員会・広島県埋蔵文化財調査センター『冠遺跡群5-1991~1996年度の調査-』1998年、『冠遺跡群8-冠遺跡群発掘調査事業最終報告書-』2001年)

E地点の石核検出状況巨大な石核の接合作業

わが国最古の狩人たち

 このように昭和45(1970)年の遺跡発見から50年以上、広島大学や広島県教育委員会によって続けられた冠遺跡群の調査ですが、奈良文化財研究所の国武貞克博士によって、令和5(2023)年から新たな発掘調査が始まりました。
 それは、令和2(2020)年から行われていた長野県佐久市の香坂山遺跡の発掘調査で3万7千年前の大型石刃石器が出土したことで、この遺跡よりも大陸に近い西日本に、より古い年代の遺跡があると考え、同様な石刃石器が採集されていたこの冠遺跡に白羽の矢が立てられたのです。
 ところが、令和6(2024)年の第2次調査において、3万6千年前の地層の調査を終えたとき、それより下位の地層から風化が著しい石器が数多く出土しました。しかも、その形はそれまでの後期旧石器時代のものとは異なり、中国大陸や朝鮮半島で見られるさらに古い時期の石器と同様な形をしていました。そして放射性炭素による年代測定分析を行ったところ、今から4万2300年前と判明しました。
 冠遺跡は、今後もこうした考古学的調査とともに自然科学的調査と研究を進めることで、私たちの祖先の歴史や文化の解明ができると考えられます。

主な用語解説

・石核(せっかく):石器の素材となる剥片を剥離した残核。​

・尖器(せんとうき):二次加工によって槍先状に尖頭部を作り出した石器。

トレンチ:直線的な試掘溝。通常、幅1 ~ 2 mの溝を縦横に掘り、必要に応じて拡張する。

グリッド:計画地に方眼(グリッド、2~10m角)を設定し、その四辺に土層観察用の土手を残 して掘り下げる。

石器の位置測定:基準杭(国土座標など)に合わせて水糸を張り、それを基線として物差しを使って石器などを北から南へ何センチ、東から西へ何センチ、そして水準器(測量機器) で高さ(標高)を測り、記録し、取り上げていく。

姶良丹沢火山灰(あいらたんざわかざんばい):姶良カルデラ(鹿児島湾)の巨大噴火で噴出した多量の火山灰(「Tn」は丹沢を指す。)。この大噴火で噴出した火砕流が陸上を流れて堆積したものが入 戸火砕流(シラス台地の通称で知られている。)である。同時に噴出した火山灰のうち、空高く吹き上げられ、偏西風に乗って東方に飛ん でから地上に落下したものが「姶良 Tn 火山灰」(AT)となった。以前は、降灰 の時期が約2万年前~25,000年前と考えられていた。

姶良丹沢火山灰の年代:考古学では、遺跡などの年代を調べるために「放射性炭素年代測定」という方法 が使われている。この測定方法は、動植物に含まれる放射性炭素(炭素 14)と いう物質を利用する。しかし、放射性炭素の量は年代によって変動し一定ではない ため、この方法は必ずしも正確であるとは限らない。このため、この誤差を埋めるため に国際的な合意に基づいて統一された「暦年較正モデル」(「較正」とは比べて正す、 という意味。)という換算表が必要となる。

現在、世界で最も広く使われている暦年較正モデルは「Intcal」と呼ばれており、 数度の更新を経てその都度精度を高めてきた。最新の較正プログラムは 2020 年 に発表されており(「Intcal20」)、それによると姶良Tn火山灰の降灰年データは 3万78年±48年前だが、較正年代は約29,000年前といわれている

2 冠遺跡群イラスト

冠遺跡群イラスト(夏)冠遺跡イラスト(冬)