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嚴島神社の由来

2020年3月30日更新
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客神社と鏡ケ池 嚴島神社の創建は、推古元年(593年)、佐伯鞍職によると伝えられます。
 平安時代後期の仁安3年(1168年)には、佐伯景弘が嚴島神社を敬した平清盛の援助を得て、今日のような廻廊で結ばれた海上社殿を造営。
 本殿以下37棟の本宮(内宮)と、対岸の地御前に19棟の外宮が設けられ、すべて完成するまでに数年が費やされたといわれます。
 社運は平家一門の権勢が増大していくにつれ高まり、その名を世に広く知られるようになりました。


 

ライトアップされた嚴島神社(写真:新谷孝一) 鎌倉時代から戦国時代にかけて政情が不安定になり荒廃した時期があったものの、弘治元年(1555年)、厳島の合戦で勝利を収めた毛利元就が神社を支配下に置き庇護したことから、社運は再び上昇。
 天下統一を目前にした豊臣秀吉も参詣して武運長久を祈願しており、その年安国寺恵瓊に大経堂(千畳閣)建立を命じています。

 

 


西松原から見た嚴島神社 嚴島神社は社殿が洲浜にあるため海水に浸る床柱は腐食しやすく、また永い歴史の間には幾度となく自然災害や火災に見舞われてきましたが、その度に島内外の人々の篤い信仰心に支えられて修理再建され、今日まで平安の昔さながらの荘厳華麗な姿を伝えています。

問い合わせ

 嚴島神社 電話:0829-44-2020

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