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宮島物知り図鑑:宮島の歴史年表

2020年3月30日更新
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宮島の歴史年表

飛鳥時代

593年(推古天皇元年)佐伯鞍職が嚴島神社を創建したと伝えられる。

平安時代

806年(大同元年)弘法大師(空海)、厳島弥山を開基したと伝えられる。
811年(弘仁2年)「日本後紀」に伊都岐島名神の名が記される。嚴島神社の文献的初見。
927年(延長5年)延喜式完成。速谷神社・伊都岐島神社が名神大社に列せられ、安芸国で最高の社格を得る。
1146年(久安2年)平清盛が安芸守となる。
1160年(永暦1年)平清盛、初めて嚴島神社に参詣する。
1164年(長寛2年)平清盛と一族、法華経を書写して嚴島神社に奉納する。(平家納経)
1168年(仁安3年)嚴島神社社殿の造営が行われる。
1174年(承安4年)後白河法皇、建春門院、平清盛らと参詣する。
1180年(治承4年)高倉上皇、嚴島神社に参詣する。

鎌倉時代

1207年(承元1年)嚴島神社炎上。 安芸国を嚴島神社造営料国とし、再建することとなる。
1223年(貞応2年)嚴島神社再び炎上。
1224年(元仁1年)朝廷、安芸国を嚴島神社に寄進し、国司に社殿を造営させる。
1235年(嘉禎1年)幕府、藤原親実を安芸国守護に任ずる。
1236年(嘉禎2年)外宮の遷宮を行う。
1241年(仁治2年)内宮の遷宮を行う。
1286年(弘安9年)大鳥居が再建される。
1287年(弘安10年)一遍上人が参詣。この時の様子が描かれた「一遍聖絵」は、嚴島神社の絵画の初見。
1302年(乾元1年)二条尼が参詣する。
1325年(正中2年)大鳥居、大風により転倒する。

室町時代

1336年(延元1年・建武3年)足利尊氏、嚴島神社造営料として造果保(東広島市)を寄進する。
1371年(建徳2年・応安4年)大鳥居が再建される。
1376年(天寿2年・永和2年)弥山御堂神護寺(大日堂)が造立される。
1389年(元中6年・康応1年)足利義満、参詣する。
1399年(応永6年)厳島神主、大内義弘に従って堺に篭城し、敗れて幕府に降る。
1407年(応永14年)五重塔が建立される。
1471年(文明3年)棚守安種、天王寺楽人太秦広喜より舞を伝授される。
1523年(大永3年)多宝塔が建立される。
1537年(天文6年)嚴島神社の廻廊、大国社以西を焼失する。
1541年(天文10年)棚守房顕、大内氏の御師になる。
1544年(天文13年)棚守房顕、高舞台の擬宝珠を奉納する。
1547年(天文16年)大内義隆、大鳥居を再建する。
1550年(天文19年)フランシスコ・ザビエル、旅の途中宮島に立ち寄る。
1551年(天文20年)陶晴賢、嚴島神社神領および厳島を掌中におさめる。
1554年(天文23年)毛利元就、己斐・草津・桜尾などの諸城を取り、厳島の陶氏の番衆を襲う。
1555年(弘治1年)毛利元就、包カ浦に上陸し、博奕尾を経て塔の岡を奇襲し、陶晴賢を敗る。(厳島合戦)
1556年(弘治2年)毛利隆元、天神社を建立する。
1561年(永禄4年)毛利元就、大鳥居を再建する。
1568年(永禄11年)観世太夫宗節ら来島。神前に舞台を張り能を演じる。
1571年(元亀2年)嚴島神社本殿の造営が完成し、遷宮を行う。(元亀の遷宮)

安土・桃山時代

1587年(天正15年)豊臣秀吉、嚴島神社に社参し、安国寺恵瓊に大経堂(千畳閣)造営を命じる。
1594年(文禄3年)石田三成、来島する。(九州下向記)

江戸時代

1599年(慶長4年)毛利輝元、弥山神護寺大日堂を再建する。
1601年(慶長6年)福島正則、嚴島神社領を収公し、代わって祭料・扶持米など1350石を支給する。
1605年(慶長10年)福島正則、能舞台を建立する。
1619年(元和5年)広島藩初代藩主・浅野長晟、嚴島神社に祭料・扶持米など1090石を支給する。
1635年(寛永12年)宮島が町奉行支配となり、奉行所が設置される。
1643年(寛永20年)林鵞峰、「日本国事跡考」を著述。松島・橋立とともに厳島が「三處の奇観」と記される。
1666年(寛文6年)第3代藩主浅野綱晟、毎月1夜づつ108基の燈籠に点灯するよう、10石を嚴島神社に寄進する。 
1680年(延宝8年)第4代藩主浅野綱長、能舞台(現存の能舞台)を造立する。
1701年(元禄14年)台風の襲来で、管絃祭の御座船遭難する。江波・阿賀の舟が救助したと伝えられる。
1715年(正徳5年)厳島光明院の僧恕信ら、「厳島八景」を選ぶ。
1736年(元文元年)水害により流出した土砂で、御手洗川の河口に松原を築く。
1739年(元文4年)第5代藩主浅野吉長、大鳥居を再建する。
1740年(元文5年)宮島での富くじ興行を禁止する。
1743年(寛保3年)城下中島町の町人4人、新堤に108基の石燈籠を寄進し、西松原の原形ができる。
1776年(安永5年)第7代藩主浅野重晟、反橋を再建。同年、落雷で大鳥居倒壊する。
1779年(安永8年)藩主浅野重晟、高舞台を修築する。
1784年(天明4年)誓真、幸町に井戸を掘る。以後町内各所に掘られた井戸は「誓真釣井」と称される。
1794年(寛政6年)長沢芦雪、「厳島八景図」を描く。
1801年(享和元年)浅野斎賢、大鳥居を再建する。
1806年(文化3年)伊能忠敬ら測量のため来島。大願寺を本陣として、浦々を調査する。
1842年(天保13年)「芸州厳島図会」を刊行する。
1853年(嘉永6年)吉田松陰、来島。同年、宮島大芝居に市川海老蔵来演する。
1866年(慶応2年)勝海舟、大願寺で長州藩使者と休戦談判をする。

明治時代

1868年(明治元年)新政府、「神仏判然令」布告。
1871年(明治4年)嚴島神社、国幣中社となる。
1872年(明治5年)広島県、千畳閣で博覧会を開催。
1875年(明治8年)大鳥居を再建。
1881年(明治14年)嚴島神社本社の大修繕が終わり、遷宮式を行う。
1885年(明治18年)明治天皇御行幸。大聖院を行在所とされる。
1887年(明治20年)火災により、大聖院焼失。
1889年(明治22年)町村制施行により、厳島町となる。
1896年(明治29年)夏目漱石・高浜虚子来島。
1899年(明治32年)岡倉天心ら古社寺保存調査のため来島。嚴島神社の社殿が特別保護建造物、絵画・書蹟・彫刻・美術工芸品など35点が国宝に指定される。
1901年(明治34年)嚴島神社特別保護建造物修理工事(明治・大正の大修理)が始まる。
1906年(明治39年)伊藤博文らの寄進により、弥山登山道の修繕工事が竣工。

大正時代

1913年(大正2年)ベルリン大学教授エングラー博士、来島。
1922年(大正11年)アインシュタイン、来島。弥山に登る。
1923年(大正12年)厳島全島が史跡名勝に指定される。

昭和時代

1929年(昭和4年)弥山北麓・嚴島神社の後背地一帯が、天然記念物「弥山原始林」に指定される。
1931年(昭和6年)松大旅客運送(現宮島松大汽船)、定期航路による運行をはじめる。
広島瓦斯電軌宮島線(現在の広島電鉄宮島線)が全通。
1934年(昭和9年)嚴島神社宝物館が開館。
1937年(昭和12年)ヘレン・ケラー、来島。
1945年(昭和20年)終戦後の9月、枕崎台風襲来。土石流発生し、嚴島神社社殿に大きな被害を与える。
1947年(昭和22年)災害復旧の土砂の搬出作業が始まる。西松原を延長し、大元浦沖を埋め立てる。
1949年(昭和24年)嚴島神社、昭和大修理始まる。
1950年(昭和25年)キジア台風の高潮により、大きな被害を受ける。同年、厳島町が宮島町と改名される。
1952年(昭和27年)厳島全島が特別史跡および特別名勝「厳島」に指定される。
1953年(昭和28年)清盛祭始まる。
1954年(昭和29年)清盛神社が、西松原に創建される。
1955年(昭和30年)弥山山頂に展望台が建設される。
1957年(昭和32年)嚴島神社、昭和大修理が竣工する。
1959年(昭和34年)宮島ロープウエー竣工する。大元公園に、広島県立宮島水族館が開館する。
1962年(昭和37年)小豆島よりニホンザル47頭を移入し、弥山獅子岩に日本モンキーセンター宮島支所が開設される。
1964年(昭和39年)旧室浜砲台跡地に、広島大学理学部付属宮島植物実験所が発足。
1982年(昭和57年)宮島の伝統工芸である引き物・くり物・彫刻が「宮島細工」として指定される。

平成時代

1994年(平成6年)嚴島神社御鎮座1400年大祭が行われる。
1996年(平成8年)ユネスコの第20回世界遺産委員会で、嚴島神社とその背後の弥山原始林(天然記念物)の森林が世界遺産に登録される。
1999年(平成11年)台風18号襲来し、嚴島神社一部破損。
2001年(平成13年)宮島国有林が、文化財などの修復に必要な桧皮・木材などを供給するため「世界文化遺産貢献の森林」に認定される。
2006年(平成18年)弥山開基1200年記念法要のためダライラマ法王、来島。
「日本三景の日」制定。
2011年(平成23年)宮島水族館(みやじマリン)グランドオープン。
2014年(平成26年)

弥山展望台グランドオープン。

 厳島社頭之図(写真:宮島歴史民俗資料館)
【厳島社頭之図(写真:宮島歴史民俗資料館)】

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