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嚴島神社の特徴

2020年3月30日更新
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社殿見取図 

本社祓殿 嚴島神社社殿は、推古天皇の時代に佐伯鞍職による創建と伝承されています。
 嚴島神社の社殿の基礎が確立し、社運が盛大になったのは平清盛が久安2年(1146年)に安芸の守に任官し、その一門の崇敬が始まってからです。
 嚴島神社の社殿の主要部分はほぼ平安時代に造営されましたが、その後2度の火災に遭い、現在の本社本殿は元亀2年(1571年)、客神社は仁治2年(1241年)の建築です。
 細部にはそれぞれ時代の特色が見られますが、全般に造営当初の様式を忠実に守っており、平安時代末期の建築様式を知ることができる貴重な遺産といえます。

社殿見取図

平安時代の古式を伝える寝殿造り

廻廊の釣灯籠 嚴島神社の社殿は長い歴史の間に幾度か手が加えられているものの、造営当時の佇まいを忠実に伝えています。
 108間(約275メートル)の廻廊が結ぶ社殿は、寝殿造りの影響を強く受けた平安様式。
 寝殿造りとは平安貴族の住宅様式で、敷地の中央に寝殿(正殿)と呼ばれる中心的な建物、その東西に対屋(たいのや)と呼ばれる付属的な建物を配し、それらを通路で結ぶ対称形の配置を基本とするもの。
 寝殿の前面には舞や儀式の場となる庭、その先には池も設けられました。
 その寝殿造りの様式を神社建築に巧みに取り入れ、瀬戸内海を池にみたてた壮大な発想で平安の雅(みやび)を映した究極の日本建築といえます。
 大鳥居を背にして祓殿を正面からみると、中央の軒が左右に較べて一段高くなっているのは寝殿造りの典型的な工法。
 また桧皮葺の屋根に瓦を積んだ本殿の化粧棟など随所に寝殿造りの様式が加えられています。

海を敷地とした奇想天外な発想

廻廊からの眺め 嚴島神社の境内は、弓状に広がる遠浅の浜・御笠浜にあります。
 干潮時には大鳥居まで歩いていけますが、潮が満ちると社殿や廻廊はあたかも海に浮かんでいるよう。
 このように刻々と潮の干満で姿を変える海を敷地とする奇想天外な発想は世界でも類をみません。
 神社が浜に創建されたのは、島全体がご神体とされ神聖視したためとみられますが、12世紀に平清盛と神主・佐伯景弘によって調えられた壮大な社殿群は平安時代の浄土信仰に基づく極楽浄土を現したものともいわれます。
 前面には瀬戸内海、背後には神が降臨する場所と考えられた弥山。自然に神をみる日本古来の信仰をそのまま形にし、みごとに自然美と人工美とを調和させたのが嚴島神社なのです。
 この海辺の聖地の美しい景観を守るため、神社では藻の清掃作業や、砂州の地ならしなど日々細やかな手入れが行われています。

問い合わせ

 嚴島神社 電話:0829-44-2020

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