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上田宗箇

2020年3月30日更新
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(外部リンク)

 江戸時代初頭、広島藩浅野家の初代藩主浅野長晟(あさのながあきら)にしたがって広島に入国した武将茶人です。
 茶道上田宗箇流の創始者で、縮景園(浅野家泉邸)の作庭家です。

茶道 上田宗箇流

 詳しくは、公益財団法人上田宗箇流ホームページ(外部リンク)をご覧ください。

上田宗箇ゆかりの地

上田宗箇遺髪塚

 上田宗箇は、家督を譲った次男重政の死を嘆き、20日間断食し88歳の生涯を閉じました。
 遺言により、串山で火葬し、骨は大野の瀬戸に流され、山上には遺髪を埋め塚として、当時の武人の慣らわしとして松を植えました。

ところ

 広島県廿日市市大野原一丁目4-31

 上田宗箇の墓

岩船の水

 上田宗箇が浅原に隠棲して茶三昧の暮らしを送った際、茶を点てるのに使用した銘水で、今も変わらず清冽な水が涸れることなく湧き出ています。

ところ

 広島県廿日市市浅原字本郷

 岩船の水

縮景園

 縮景園は広島藩主浅野長晟が、元和6年から別邸の庭園として築成されたもので、作庭者は上田宗箇です。

 詳しくは、縮景園ホームページ(外部リンク)を確認してください。

ところ

 広島県広島市中区上幟町2-11

 縮景園

吉川家墓所(きっかわけぼしょ)

 岩国吉川家初代広家から、6代経永を除く12代経幹までの当主および一族の墓が、51基立ち並んでいます。
 ここには、上田宗箇が枝垂れ桜の返礼として、寛永2(1625)年に広家に贈った、木菟の手水鉢(みみずくのちょうずばち)があります。
 高さ143センチメートルで、表側に木菟が浮き彫りにされており、手水鉢の彫刻モチーフとして木菟はとても珍しいとされています。

ところ

 山口県岩国市横山10

 吉川家墓所

知ってた?

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