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嚴島神社

印刷用ページを表示する掲載日:2017年8月8日更新

空から見た嚴島神社

 嚴島神社は海を敷地とした大胆で独創的な配置構成、平安時代の寝殿造りの粋を極めた日本屈指の名社です。

 廻廊で結ばれた朱塗りの社殿は、潮が満ちてくると海に浮かんでいるような、不思議な建築美をたたえています。

本社本殿(ほんしゃほんでん)

 繊細かつ華麗な切妻両流造りで、正面には緑青塗りの引き違いの菱形の格子戸がはめられた本殿には、市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神が祭られています。

 屋根に神社の定番とも言える千木と鰹木を持たず、桧皮葺の屋根に瓦を積んだ化粧棟のスタイルを取り入れた寝殿造りならではの様式が特徴です。

 現在の本殿は元亀2年(1571年)、毛利元就によって改築されたものです。

嚴島神社本殿

平舞台(ひらぶたい)

 寝殿造りの庭にあたる部分で、広さは167.6坪(約553平方メートル)です。

 安元2年(1176年)、平氏一門が社参して千僧供養が行われた際、社殿の前方に仮廊を設けたという記録があり、こうした仮廊が常設となったものともいわれます。

 前方には火焼前(ひたさき)と呼ばれる突き出た箇所があり、管絃祭の出御・還御はここから行われます。

 また他の社殿の束柱は木造ですが、この平舞台を支えるのは、毛利元就によって寄進されたと伝えられる赤間石の柱です。

 火焼前分と合わせると239本あります。

高舞台(たかぶたい)

 本社祓殿前にある、黒漆塗りの基壇に朱塗りの高欄をめぐらし前後に階段をつけた舞台で、平清盛が大阪・四天王寺から伝えたという舞楽がここで演じられます。

 舞楽の舞台としては最小のもの。現在の舞台は天文15年(1546年)、棚守房顕によって作られたもので、当初は組立て式だったものが江戸時代初期に現在のような作り付け構造になったと考えられています。

嚴島神社高舞台

能舞台(のうぶたい)

 国内でも唯一の海に建てられた能舞台。現在、重要文化財に指定されている国内5つの能舞台のうちの1つでもあります。

 厳島での演能は、永禄11年(1568年)の観世太夫の来演がその始まりとされ、慶長10年(1605年)には福島正則が常設の能舞台を寄進しました。

 現在の舞台と橋掛および楽屋が建立されたのは藩主が浅野氏に代わった延宝8年(1680年)のことです。

 この能舞台は海上にあるため通常は能舞台の床下に置かれる共鳴用の甕(かめ)がなく、足拍子の響きをよくするため舞台の床が一枚の板のようになっているのが特徴です。

 春の桃花祭神能がこの舞台で演じられるほか、茶道表千家と裏千家家元が隔年交互に執り行う献茶祭ではここでお茶が点てられ御神前に献じられます。

嚴島神社能舞台

反橋(そりばし)

かつては重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから別名・勅使橋(ちょくしばし)とも呼ばれました。

 現在の橋は、弘治3年(1557年)に毛利元就・隆元父子によって再建されたもので、擬宝珠の一つに刻銘が残っています。

嚴島神社反り橋

廻廊(かいろう)

 廻廊は幅4メートル、長さは約275メートルです。

 床板の間に目透しという隙間があり、高潮の時に下から押しあがってくる海水の圧力を弱め、海へ流す役目を果たしています。

嚴島神社回廊